手を抜いたり、さぼったりすることに罪悪感があるなら、それだけがんばってきた証拠だよ

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kazu(@kazkazstyle)です。

手を抜いたり、さぼったりすることを、どう思っていますか。

それは、悪いことだ。
人間なんだから、そういうことだってある。

いろいろと、言いたいことが出てきそうですよね。
 

■手を抜いたり、さぼっても、大丈夫だと気づくことができているか

 
手を抜く。
さぼる。

この2つの言葉だけを聞くと、あまり良いイメージはないという方のほうが多いと思います。

たとえば、極端な話ですが、病院で手術を受けたとあと、手を抜いた、さぼったと担当医師に聞かされたら、大変なことになってしまいます。

警察や検察が手を抜いたり、さぼったら、日本という国がめちゃくちゃになってしまいます。

ちょっとぐらい、手を抜いてもいいじゃないか。さぼってもいいじゃないか。

それが絶対に許されない職業というものは確かにあります。

ただ、完璧主義者といわれている人たちや、日々に生活を全力でがんばっている人たちは、少しぐらい手を抜いてもいいんじゃないかと思うこともあります。
 
 
 
 
先ほど書いた、医師や警察などの職業としてではなく、ひとりの人間として考えたときにです。

特に、手を抜いたり、さぼったりすることに罪悪感があるなら、それだけがんばってきた証拠だと思うのです。

今まで無理をしていたのかもしれないし、背伸びをしてきたのかもしれない。

本人は、夢中になっていて気がつかなかったり、たとえ気づいていたとしても、避けてきたとも考えることができます。

職業として、プロとして、手を抜かない。さぼらないのは当然のことですが、ひとりの人間として見たときには、たまには息抜きをすることが必要だと思うのです。

いちばん大切なのは、手を抜いたり、さぼっても、大丈夫だと気づくことができているかです。

ひとりの人間として大丈夫なんだということに気づくことで、職業として、プロとして、きちんと職務を全うすることができるのではないでしょうか。

あなたは、手を抜いたり、さぼったりすることをどう考えていますか。
 

■「今日の教訓」

 
手を抜いたり、さぼったり。もし、罪悪感があるなら、それだけがんばってきたという証拠なんだよ。今まで無理をしていたのかもしれないし、背伸びをしていたのかも。でも、頑張らない自分だって大丈夫だし、本当は素敵な自分なんだ。
 
 
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Photo credit: pxlline via VisualHunt.com / CC BY-NC-SA
 
 

 
 

 
 

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