kazu(@kazkazstyle)です。
他人の言動に対して、イライラするときがあります。
何とかしたいなと思いつつ、大きな壁となっています。
■自分が反応しているときの、目的と手段は何か考える
他人を見て、イライラするときは、自分が思っていること、考えていることとは違うことをやっていて、それがうまくいかず失敗しているときなどに、イライラしている自分がそこにいます。
何をやっているんだよ!
早くしろよ!
先にやっておけよ!
口に出して言うときもありますし、口には出さずに我慢することもあります。
なんで、こんなにもイライラするのか。
イライラする理由があるのか。
イライラすることで、自分がプラスになるのか。
またまた、自分にはすぐに答えることができない問題を考え始めていました。
こういうのは、心理学などで説明することができるのかもしれませんが、他人を見ることで、何かのスイッチが入り、その結果イライラしているのではと考えました。
たとえば、仕事をミスしてしまった後輩に対して、イライラしているときは、「こんな簡単なこともできないのか」、「この前教えたのに覚えていないのか」など、自分の気持ちが、イライラとなって現れているようです。
つまり、自分は正しい。しかし、お前は間違っている。
こういったことが自分の中で成立しているんですね。
でもこれを何とかしようとするのも難しい。
だから、他人の言動に対して、自分が反応しているときの、目的と手段は何か考えるようにしています。
といっても、実際にイライラしているときに考えても無理なので、家に帰ってから、紙に書き出して、それを見ながら、あれこれ考えます。
もちろん、正しい答えなんて出てきません。
でも少なくとも、自分の感情を選ぶことができること。自分の反応パターンが見えてきます。
このときは、自分と向き合っている状態になり、自分という人間について知ろうとしているんですね。
すると、どうして後輩に対してイライラしてしまったのだろう。
わからないことがあったら、質問することができるように、自分から積極的に声をかけてみよう。声に出して言えそうにないなら、紙に書いてもらおう。後輩のミスは、自分の教え方に問題があるかもしれない。
イライラすることの他にも、選択肢があることに気がつくことができます。
他人という軸から、自分を軸として物事を見たり、考えたりすることができるようになったから、他にも選択肢があることに気がついたわけですね。
■「今日の教訓」
他人の言動に対して、自分が反応しているときの、目的と手段は何か考えてみると、自分の感情を選ぶこともできることが分かるよ。
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