kazu(@kazkazstyle)です。
ダラダラと過ごす時間を減らしたい。いや、できることなら無くしたい。そんなことを考えていたことがあります。ダラダラ撲滅キャンペーンでもやりたい気分にもなりました。
■ダラダラの正体は、何をしていたのか曖昧なことが原因だ
行動記録を残していると、この時間帯は結構いい感じとか、順調に進んでいるなど、記録を残すたびにわかります。
もちろん、その逆もあります。
計画通りに進んでいないとか、一つのタスクに時間がかかりすぎているとか。課題が浮かんでくるのです。
その課題の中で、ダラダラと過ごしてしまうというものがありました。
ダラダラしているなんて、時間の無駄遣いだ。ダラダラと過ごしている自分が嫌だ。そんな思いから、ダラダラと過ごす時間を減らそうとしていたことがあります。
ズバリ!結果はどうなったのか?
ダラダラと過ごしている時間をゼロにすることは難しい。というか、不可能だという結論に至りました。まあ、当然なんですけどね。
どうしても、ダラダラとしてしまうなら、それでもできることをするか、他のことを減らしてみるとか、ここは思い切って、ダラダラと過ごしてしまうか。
日々の行動をふり返りながら、ダラダラしていてもできそうなものをやるようにしていました。
でも、最近になって思うことは、ダラダラと過ごしていたというのは、単なる思い込みであって、実はダラダラしている時間など無いのかもしれないと考え方が変わってきました。
行動記録を残し、ふり返ることを続けていて気づいたのですが、ダラダラと過ごしてしまったという時間帯を調べてみると、実は何をしていたのか曖昧なことが多いのです。
「ダラダラと過ごしてしまった」と「何をしていたのか曖昧な時間」が同じような捉え方をしているのではないかと思うのです。
そうだとすれば、ダラダラしていたのではなく、何をしていたのか曖昧なだけだったと仮説を立てることもできそうです。
いずれにせよ、日々の行動をふり返ってみる必要があるなと思いました。
あなたが、ダラダラと過ごしてしまったと思っている時間は、本当ではないかもしれませんよ。
■「今日の教訓」
ダラダラと過ごしている時間をゼロにすることは難しいと思う。だから、ダラダラしていてもできることをするか、 他のことを減らすのか。思い切って、ダラダラしてしまうか。日々の行動をふり返ってみる必要があると思うんだ。
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