動きが制限されているときに学んだ2つのこと

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kazu(@kazkazstyle)です。

みなさんは、動きが制限されたときは、どんな気分になりますか。

制限されるというのは、あまり良いイメージはしないと思いますが、自由に動けるときの違いや良さがわかる絶好の機会になりますよ。
 

■動きが制限されるということは、自由を失うということ

 
私が、動きを制限された経験は、骨折で動けなくなったことがあります。

それから、目を失明しそうになって、視力がどんどん弱くなって、光を感じることができなかったことがあります。

骨折のときは、体が痛くて動けず、失明しそうになったときは、目が見えなくなり動けなくなりました。
 
 
 
 
体を動かせないので、いつもやっていることができなくなります。目の前にある美味しそうなリンゴがあったとしても、手にとって食べることもできません(笑)。

自分一人ではできないので、誰かに頼らざるをえなくなります。

本当は、他人に頼みたくはありません。相手に迷惑がかかるというより、恥ずかしいとか、みっともないという気持ちがあるからです。

でも、やはり一人ではできないので、他人の力を借りることになります。当たり前にできたことができない。こんな簡単なこともできないのかと、自分を責めてしまう。

これが、私が動きを制限されたときに思ったことです。
 
 
 
 
健康で自由に動けるときは、なかなか気づかないことでも、骨折などで動きが制限された途端に、自由に動けることの有り難さが身にしみてわかりました。

私が、動きが制限されている中で、学んだことは次の2つです。

○他人に頼っても良い
○自分自身を責めなくても良い

動きが制限されるということは、自由を失うということでもあります。だから、他人に協力を求めるのもありだし、自由を失ったからといって自分自身を責める必要はないのです。それよりも、自由を失った状態でもできることを考えたほうがいいと思うのです。

みなさんは、動きが制限されたときは、どうしていますか?

制限がある中でも動けるようになることは、何が起きても柔軟に対応する力を養うことになります。
 

■「今日の教訓」

 
動きが制限されるときって、どんなときだろう?いつも自由に動けるときの違いは何か。動きが制限されているなかで、できることは何か。ちょっと、考えておくといいよ。何が起きても柔軟に対応する力を養うことになると思うんだ。
 
 

 
credit: ©disegna via FindCC