人の心を掴みたいなら、弱くて、醜い部分も相手にさらけだそう

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kazu(@kazkazstyle)です。

人の心を掴むのは、難しいですよね。

と思っていると、簡単に人の心をわしづかみにしてしまう人もいますよね。

その違いって、何なんでしょうか。
 

■きれいごとばかりを話していては、人の心を掴むのは難しい

 
人の心をわしづかみにする。

つまり、自分と相手との共感を得られるかってことです。

何かを始めようとするとき、一人ではとてもじゃないけどできない。一緒に協力してくれる人を集めたいと思っても、なかなか人が集まらないことってありませんか。

自分がこれをやりたいと強く思っていても、それが相手には伝わってはいないんですね。

駅前などでやっている、選挙の街頭演説を想像してみてください。

よほどの有名な人ではない限り、相手もせずに、目の前を素通りしていますよね。

自分には、関係がないと思ったり、興味がないと思ったり。

理由は、いろいろありますが、簡単に言うと、街頭演説を聴いたからといって、自分にはプラスになることはない、共感できるところがないからですね。

それに、街頭演説の場合は、有権者に向けて話をしているので、どうしても型にはまった、言い方は悪いですが、きれいごとを並べているだけのような感じもします。

「ホントに、そんなことができるの?」
「票を集めたいから、そんな話をしているんだよね」
「そんなことを話したところで、どうせ何もできないじゃないか」

街頭演説の話を聴いていると、自分の心のなかでは、こんなことを考えていることも多いです。

きれいごとばかりを話していては、人の心を掴むのは難しいってことです。
 
 
 
 
それなら、逆に汚い部分も話せばいいと思うことがあります。

街頭演説の話でいうなら、消費税を撤廃する(きれいごと)けど、その代わりに社会保障の充実は遅れます(汚い部分)などと、有権者に向かって話してみたらどうなると思いますか。

興味や関心がない人は、相変わらず無視してしまうでしょう。でも、きれいごと、汚い部分の話をすることは、政策に対してのメリットとデメリットを話すことですから、少しでも興味や関心がある人なら、立ち止まって耳を傾けてくれる人もいるのではないでしょうか。

自分がやりたいことだけを、一方的に話しても、相手の心までには届きにくく、弱くて、醜くて、汚い部分も相手にさらけだすことで、相手の心の中に届くものがあると思うのです。

それこそが、相手との共感が得られることになり、一緒にやりたい、協力したい。

そんな人が現れるんですね。
 

■「今日の教訓」

 
人の心を掴むためには、自分がやりたいこと、夢中になっていることを、相手にすべてをさらけだす。そのときに、苦手なこと、難しいことだと思っていることも伝える。弱くて、醜い部分も相手にさらけ出すことで、何かが動き出す。
 
 
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