努力することが正しいとは限らない。なぜなら、間違った努力もあるから


 
 
kazu(@kazkazstyle)です。

子供の頃、努力することの大切さを教わってきましたが、その努力することが、苦しいだけで終わってしまったことはありませんか。
 

■何のための努力なのか?

 
「努力」という言葉。

日本では良いことだとされていますが、外国人の立場からでは少し違うようです。

なぜ、そこまでして続けるんだ?
他にも、やるべき大切なことがあるだろう?

まあ、その通りなんですけど、日本人は誰かのためだったり、目標を達成するためだったり、一つの目標が定まると、みんなで力を合わせて進んでいく国民性があると思います。

逆に、単独での行動だったり、一人だけ目立つような行動は、どちらかといえば控えめですよね。

努力するという行為は、何かを「続ける」行為だともいえます。

何かを成し遂げるための努力は大事なことですが、ただ苦しいだけの努力は、どこかが間違っていると思うのです。
 
 
 
 
特に、我慢することが努力だと思っていると、とても苦しく、つらいものになるでしょう。

ただ苦しいだけの努力だったら、間違っているのではないかと疑う気持ちもあっていいはずです。

目標を達成するために必要な努力はするべきです。必要な努力は、その人を成長させるから。

しかし、間違った努力をしているかもしれないと思ったら、そこで立ち止まり、何のために努力をしているのかを考えるべきだと思うのです。

何のための努力なのか?

オリンピックでの金メダルや、全国大会優勝など。

はっきりとした目標があれば、必要な努力というものは絞り込むことができるし、現在の自分のレベルを鑑みて、諦めるという選択に迫られることもあるでしょう。

今まで続けてきたことをやめることも、努力だと思います。簡単に、諦めたり、やめることができないこともありますからね。

努力していることが、正しいのか。それとも、間違っているのか。

簡単に答えがでるものではありませんが、その努力が間違っていないか、誤った方向に進んではいないか、立ち止まって考えたり、今までやってきたことをふり返ったりする時間も必要です。

努力するという行為は、何かを「続ける」行為ですから、努力した結果が伴うような行動が大事になってきますよ。
 

■「今日の教訓」

 
努力することが正しいとは限らない。なぜなら、間違った努力もあるから。ただ苦しいだけの努力だったら、間違っていないか疑ってみるといい。努力した結果が伴うような行動が大事なんだ。
 
 
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